のぼり旗の活用方法

アピール力

のぼりの持つカラー
のぼり旗を設置する際に、1本だけ変えるという手法があります。
内容をより際立たせることができ、おすすめ商品やおすすめメニューを
アピールすることができる配置です。

同じ色の生地で、文字も全く同じものを連ねた中で、1本だけ生地の
色を変える、または同色で違う内容のものをいくつも設置し
1本だけ色を変える、などです。

異なる色

例えば、茶色地に白の文字で「手打ちそば」を何本も立て
そのうちの真ん中にだけ白地に黒の文字の「手打ちそば」を立てるといったもの、
黄色地に黒の文字で「ギョウザ」「ラーメン」などののぼり旗を立て
そのうちの1本だけを、茶色地に黒の文字で「めちゃうま」とするなどです。

色とりどりで内容もバラバラののぼり旗を数多く配置すると、賑やかさはでますが
統一感がなく、通行人の目に入っても記憶に残ることが少なくなります。

一瞬で商品の魅力を理解することが難しいので、集客の面で言うと
大幅な効果があるとは言い難い部分があります。

よって、ごちゃごちゃした設置は、商品のアピール力は実はそうでもありません。

お店の雰囲気に合っていれば問題はありませんが、ごちゃごちゃしていることと
活気を出すということは違います。

差し込み

その点、同じものを設置した中の1本、同系色の中の1本という
多くののぼり旗の中の「差し色」のような存在を作る設置は、
まとまりが出てスッキリとした、デザイン性のある配置という印象を与えます。

お店の雰囲気も壊さずプラスの面に働き、さらには商品アピールにも
長けているこの設置方法は、知っているだけで他店との差をつける要素となります。

9000年のあいだ日本人に愛されてきた蕎麦の歴史

日本人にとっての文化ともいえる蕎麦という食べ物は、とても馴染みが深いものです。
馴染みの深さはもちろんですが、長きにわたって日本人に愛されてきた味でもあります。

その歴史は9000年にも及ぶといわれていて、時代でいうところ縄文時代からの古い歴史があります。
蕎麦が日本に存在していた事実は高知県のある遺跡から約9000年前の蕎麦の花粉が見つかったことからわかりました。
その他の場所からも数千年前の蕎麦の花粉はいたるところで見つかっています。

古くからある蕎麦ですが、現在のような細長い麺状の手打ち蕎麦の形になったのは1574年以前というのが明らかになっていますが、
「定勝寺文書」という書物にそのことが記されているようです。1706年に編集、刊行された「風俗文選」にも記されていました。

どちらの書物も長野県の出来事について書かれた書物という事を考えると、手打ち蕎麦は長野県で発祥しその後、全国に広まったと
いうのが通説になっていますが、古くから蕎麦の花粉があったことを考えると、いつどこで誰によって作られたかという書物や記録は
発見されていません。

そして日本で始めて蕎麦屋が開店したのは江戸時代に信州の行商人・清右衛門が「信州更科蕎麦処」という蕎麦屋を始めたのが最初です。